待つということ

なまはげコラム

こんにちは、なまはげおじさんです。うまく言いたいことが伝わるか自信がありませんが、今日は待つことについて書いてみました。

さくら塾にて 

 人にものを教えるということは、待つということでもあります。
 
 
 

 「これがわからないので考え方を教えてください」と質問に来たとき。
 

 もちろん答えそのものやストレートすぎるヒントを与えることはしません。それはさくらっ子自身で考える機会を奪ってしまうことになるからです。言い換えると、さくらっ子の伸び代を奪ってしまうことになるからです。ですから、私の出すヒントは、さくらっ子からしたら相当に遠回りで意地悪なものに聞こえることでしょう(笑)。

 質問に来たさくらっ子が、ヒントを聞いたあと、しばらくその場で動かずにいることもあります。ことばの意味を、全力で考えているからです。指先がピクピクと動いていたり、目やまゆの動きが定まらなかったり、小声で何かつぶやいたりと、さくらっ子はいろいろな反応を見せますが、私はなるべくさくらっ子を見つめすぎないようにしています。ジャマになるからです。

 さくらっ子がそばで固まっている間、私は窓の外に目をやり、自習室のようすを確認し、パソコンのモニターを見つめ、チラリとさくらっ子を観察し、たまに目を閉じます。私が何をしているのかといえば、そう、待っているのです。

 数秒後にスッキリした表情になるさくらっ子もいます。OK、がんばって続きをやってみてね。

 中には首をひねりつつ自席に戻るさくらっ子もいます。それでも追加のヒントを出すことはしません。そのさくらっ子は、まさに今、自力で考えに考えているからです。必死にあがいて基礎力を向上させている真っ最中だからです。さくらっ子も私もお互い正直しんどいですが、ここはガマン、しばらく待ちます。

 十数分後にまた質問に来たとき、そこでようやく別のヒントを提示します。さくらっ子自身で考える余地があるヒントを。そして、また、待つのです・・・。
 
 
 

 授業でも、私の仕事の大半は、待つことです。
 

 さくらっ子がホワイトボードの難しい内容を写すとき。問題演習でどう攻めたらよいのかわからず詰まってしまっているとき。なかなか暗記することができずに苦しんでいるとき。毎日さまざまな場面で、さくらっ子は首をひねり、うんうん考え込んでいます。

 教室の雰囲気がよどみすぎないように明るく声をかけて和ませたりしますが、むやみにヒントを出したりすることはありません。ひとりひとりが、静かに、そしてじわじわと、成長しているときだからです。

 そんなとき、私にできるのは、考え続けるさくらっ子を見守ることのみ。まぁ実際は、授業計画や時間との追いかけっこにはなるんですけどね(笑)。
 
 

 さくらっ子自身で考える機会を大切にしたいので、私はできるかぎり待つことを心がけています。
 
 
 

ご家庭にて

 我が子に苦言を呈することが楽しくてしかたがない。そんな親はまずいません。

 誰だって我が子はかわいいものですし、和が子の長所や良いところだけを見つめていたいのではないでしょうか。
 
 

 幼いわが子がばぶぅ以外のことばを発したら、
 

ママン
ママン

しゃべったぁ! えらいねぇー!

 
 と笑顔でほめてあげて、

 ぷよぷよの足で立つことができれば、
 

ママン
ママン

立てたねぇ! えらいねぇー!

 
 と、これまた笑顔でほめてあげて。
 
 
 

 時は流れて、我が子も中学生。

 昔は毎日のようにほめてあげることができていたのに、最近は言いたくもない小言ばかりが口からポロポロと・・・。
 
 

 もっと勉強しなきゃいけないでしょ?

 いつまでダラダラ過ごすのよ?

 あなた自身の未来のことでしょう?
 

 

 愛する我が子だからこそ、

 我がこと以上に心配になって。

 イライラもするし、

 ムカムカもするし。
 
 

 それでも、もう中学生なのだから、我が子のこれからの成長を考えたら、あまり細かく口を出すべきではない・・・。
 
 

 そう、グッとガマンする保護者のみなさま。
 

 我が子自身が危機感を抱いて、

 自分の判断で立ちあがり、

 毎日継続的に計画的に、

 机に向かうようになるその日まで。
 

ママン
ママン

(今はじっと待つのみ。)

 
 子育ての極意も、待つことなのかもしれませんね。
 
 

 私は、常日頃から待つことを実践されている保護者のみなさまを心から尊敬しております。また、勝手に同志だと信じております。いっしょに胃を痛くしましょう(笑)。でもね、うまいことストレス発散もしてくださいね。お家の太陽が倒れてしまってはいけませんからね。
 
 
 

それでも待つしかないわけで

 強制力を発揮して、グイグイ引っ張っていくのはラクなものです。短期的に見れば成果も出やすいですし、見守る大人側のストレスもありませんからね。
 

 しかし、それでは中学生の本当の意味での成長にはつながらないと思うのです。自身で悩み・あがき・考える時間こそが、学習の基礎力であったり、人間力であったり、そうした真に大切なものを成長させていくからです。
 

 ですから、中学生を見守る大人は、待つことを意識しなければなりません。
 

 先日の保護者面談で、「最近意識して我が子と少しだけ距離をとるようにしてみた」とおっしゃっていた方がいらっしゃいました。相当勇気が必要だったことでしょう。素晴らしいチャレンジだと思います。

 これも、待つことのひとつの形ですよね。

 きっとさくらっ子の自律・自立につながっていくことでしょう。
 
 
 

 よし、私もがんばろう。

 今日も教室で、さくらっ子を待っています(←フツウの意味で)。
 
 

 

今日もまた長々と書いてしまいましたよ。うまく伝わったでしょうか。それでは今日はこのあたりで失礼します。

 

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